『タネが危ない』野口勲  固定種 v.s. F1種

手塚治虫の元担当編集者という一風変わった経歴の持ち主であるタネ屋さんが書いている。カバー見返しの写真を拝見すると、とても人の良さそうな、ちょいと濃い顔のオジサンが満面の笑みで写っている。この方は在来種・固定種を専門に扱うタネ屋で、そういうのはいまどき珍しい存在であるらしい。固定種とは、選抜と採種を繰り返して形質が固定するに至った種なので「固定」種と呼ぶ。

タネが危ない

タネが危ない

一方、F1種とは一代雑種(交配種)。多くの品種で、こちらが固定種に対して圧倒的に主流になっている。両親の優性遺伝だけが発現するので均一。狙った形質が安定的にできる。収穫も一斉にできるし、形も揃って売りやすい。雑種強勢なる効果もあって育ちが良い。なお、これの第二世代以降は劣勢遺伝も発現して形質がバラバラになってしまう。また、雄性不稔の系統を利用することでタネをできなくした品種が増えている。よって農家は種を買ってくるしかない。

1億2千万の日本人を養うにはF1も欠かせないが種の多様性や食文化を守るために固定種の灯をともし続けたい、せめて自給用や家庭菜園くらいは固定種でやってみては、との主張には共感。いっぺんに取れると食べきれないから収穫がバラバラの方が好都合だし、八百屋にあるのとは違う野菜が楽しめます。採種も是非してみてくださいとのこと。

だが、著者はそこからさらに踏み込んで「雄性不稔のF1野菜を食べているせいでミツバチもヒトも精子が減っているのでは?」なるショーゲキの仮説まで披露する。また、そもそもこの本はF1の仕組みを知りたくて図書館で借りたのだが、著者は固定種専門なのでF1についてはところどころ自信なさげな書きぶり。でも、分からないことは分からないと率直に書いてあり、事実と意見の峻別もなされているので読んでいて悪い感じはしない。

F1を作る技術は進歩している。ポイントとしては自家受粉すると雑種にならないので、それをさせないこと。あと、親系統をなるべく遺伝的に均一にする(固定種ってことかな)こと。ポイントは雄性不稔で、突然変異で雄しべが不全になった系統を利用する。雄しべが機能しなければ当然自家受粉はできない。雄性不稔はミトコンドリア遺伝子の異常であるため母系遺伝する。遺伝子組み換えで雄性不稔の遺伝子を導入するのが最新技術。まだ日本では商業化されていないようだが。


ほかのタネ関係の本。

地球最後の日のための種子

地球最後の日のための種子


こちらは一転して、ビバ緑の革命、遺伝子組み換えドンと行ってみよう、だったと思う。しかし2冊に共通する主張はあって、種や遺伝子の多様性はすごく大事だね、ということ。かたや貯蔵庫を作り、かたや家庭菜園などで固定種の栽培を続けよう、と対策が違う。