『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』山口義正 事件の舞台裏を覗く

サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件

サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件


オリンパス事件が発覚する端緒になる記事を書いたフリージャーナリストによる手記。報道の裏にあった奮闘を、改めて記憶を呼び起こしつつ読ませてもらった。

事件発覚当時の印象

本書の感想にはいる前に、当時自分自身が感じたことをメモしておく。最初にオリンパスのきな臭い話を知ったのは2011年9月、こまめに会計基準や不正会計などのニュースを拾っているこちらのブログから、ファクタ発行人のブログ記事にたどりついた。新興市場あたりの企業ならともかく、オリンパスほどの名前のある会社だ。特に注意を引いたのはジャイラス買収のアドバイザーへ払ったとされる「手数料」の額。これが本当だとするとマトモではない。思わず有報まで確認してみたが、確かにのれん周りで大きい数字が動いている。ジェイ・ブリッジの名前が出てくるのも奇妙だ。疑われるのは、M&Aの取得金額に忍び込ませて外部に資金を流出させている可能性だが、あまりの金額の大きさもあってこの時は半信半疑というところだった。

しばらくは続報もなく静かだったが、ウッドフォード社長解任から一気に事が動き出した。PwCの調査報告書やら事情通元証券マンのブログやら何やらが続々ネットに出てきて野次馬根性をおおいに刺激してもらった。誰しも想像していたように、オリンパスが財テク含み損の飛ばしをしていたと白状する前はこれは反社にカネが流れていると思っていた。オリンパス白状後の株価急落の際は、不透明な支出は大部分が減損済みみたいだし事業自体の強みもあるのでオーバーシュートだろうと思ったが、まだ反社の線が浮かんでくるかもしれず、そうしたら即上場廃止と考えると手が出せなかった。

オリンパスの白状会見では、10年以上の長きにわたって損失を隠し続け、さらに逃げ切り寸前までいったことに驚いた。とんでもない不祥事ではあるが、オリンパスがルビコンを渡った1990年代末は、会計に関する企業の倫理観やリスク意識の目盛りは今より甘かった。ルビコンを渡る1、2歩手前まで行っていた会社はいくつかあるのではないだろうか。さらに推測ではあるが、粉飾の秘密を抱えると経営陣に上がれるのも秘密を守る人だけになるし、それがオリンパスにとってますます風通しの悪さにつながる悪循環があったのだろう。

事件の背後では

詳しい報道がなされていたので、本書には事件の内容そのものについては目新しい情報は含まれていないようだ。興味の中心は事件の背後の人間模様を伺える部分になる。まず、やっぱりなと思うのは内部告発があったことについて。少人数のエラい人だけであれだけの粉飾を長期間できるわけはない。M&Aも不自然だし、社内ではいろんな噂が流れていたろう。また本社ばかりに権力が集中するオリンパスの企業風土も描かれて興味深い。

著者が戦う相手はオリンパスだけでなく、大手マスコミや日本の企業社会全体とも見える。組織のメンバーとして組織に同一化し、雉も鳴かずば撃たれまいでリスク回避するのが標準的な日本のサラリーマン道であれば、ペン1本で時には人の嫌がることを暴きたてもするフリージャーナリストはその対極にある。日系企業育ちとは言えやっぱりアングロサクソン型経営者のウッドフォードと、著者が気脈を通じ合うのはなんとなく分かる。アメリカ人僧侶の和空や、ファクタの阿部など非組織人はいきいき描かれる。

元野村やジェイ・ブリッジの強盗紳士たちは、もう一方の非組織人たちと言える。著者やウッドフォードがこの事件においては善玉の一匹狼とすれば、こちらは鈍くて従順な羊を食い物にする悪玉狼だ。本書でもその姿は詳しく描かれずヴェールの向こうという感じだが、著者が指摘するように、ある意味こいつらこそホンモノのワルだ。

上場維持判断について

オリンパスの上場維持判断についてはボクは著者とは見解を異にする。多くの株主がいて企業価値もまだある会社を上場廃止にすると、誰得なのか分からなくなる。再発防止の見せしめという要素はあろうが、つきつめると事業自体はまだ健全な会社(entity)を罰してもしようがない。下手人=経営者個人をとことん罰するべきだ。ここの分離がしにくいのは、組織と一体化してしまう日本サラリーマン文化とコインの裏表ではないか。ただし、上場廃止を恐れて投売りで損した人も大勢いるわけだし、entityとしての会社自体が腐りきっているか抜け殻状態(ライブドアはこっちのケースに近いのでは)であれば上場廃止もやむなしなので、予測可能性の高いガイドライン構築が必要だろう。少なくとも東証が理由にした「組織的関与」云々は、判断基準として少しピントがずれている気がする。

細かい点ですが

不正確と思われる点もメモっておく。
・P.185 国税庁は検査でなくて調査。オリンパスほどの企業で、やってくる調査官が1人や2人ということもない。いつもと違い「2人でやってきた」と言うのは、2チームの間違いだろう。
・P.193 買収手数料を取得価額に含めるのは普通の処理。オリンパスの場合は、それは正常な手数料じゃないでしょ、ということ。
・P.213 株主代表訴訟で賠償を払わねばならないのは訴えられた経営者など。会社が払っても意味がない。


あとはウッドフォード氏の書いた本も読んでおこうか。
解任