『隅田川のエジソン』坂口恭平 都市の「狩猟民族」物語

隅田川のエジソン (幻冬舎文庫 さ 33-1)

隅田川のエジソン (幻冬舎文庫 さ 33-1)

実在のホームレスをモデルに書かれた「小説」。主人公の硯木が著者に向かって語り聞かせているような文体でサクサク読める。

ホームレスと言っても一般的なイメージとはだいぶ違う。硯木は、己の腕で己の生活を切り開く、いわば都市の狩猟採集民とでもいうべき生き方をしている。廃材やブルーシートで快適な家を建て、電化製品まで動かす。食生活も案外と豊か。社会の経済情勢にあわせて、ある時まではテレカを拾い、それがダメになるとアルミ缶を拾いして、わずかながら現金収入も得る。行政や一般市民とも、交わるか交わらないかの微妙な距離感で付き合っていく。

こうした「都市型狩猟採集生活」については、著者がこの本より後に書いた『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』でより詳しく主張されている。しかし、『ゼロから・・・』よりむしろ小説形式のこちらの方がホームレスの辛い側面も率直に描かれる。結局は体力・気力・才覚、そして仲間がいないとやっていけないのである。誰にでも真似できるかと言えばそうではないだろう。もとより広くはないニッチに生きている人たちである。
ゼロから始める都市型狩猟採集生活

しかし、誰もがこんな生活ができるか否かは別として(ボクはたぶん無理)、本書の不思議な魅力は、生きる実感とでも言うべきものがホームレス生活の様子から伝わってくるところにある。単に束縛がないだけではない、決まりきった日常に薄ボンヤリと乗っかって生きるのではない、能動的な生き方なのだ。主人公たちの創意工夫には、子供の頃に読んで興奮したヴェルヌの『神秘の島』を髣髴とさせるものがある。
神秘の島 (上) (福音館古典童話シリーズ (21)) 神秘の島 (下) (福音館古典童話シリーズ (22))