『磁力と重力の発見』山本義隆  贅沢な読書

磁力と重力の発見〈1〉古代・中世

磁力と重力の発見〈1〉古代・中世


磁力と重力の発見〈2〉ルネサンス磁力と重力の発見〈3〉近代の始まり

物理学のキー概念である”力”、その中でも直観的に説明しがたい遠隔作用である万有引力および磁力にスポットを当てて、近代物理学の成立過程を古代ギリシャから18世紀まで追いかけていく本だ。その過程でルネサンス時代の魔術など意外な思想が重要な役割を果たしていたことを明らかにし、まったく直線的ではなかった物理学発展の様相を描き出していく。

古代ギリシャの哲人たちも磁力のナゾには頭を悩ませていたようだ。間違いなく地頭*1は優れているであろう哲学者たちが、「磁石が鉄を引くのであってその反対ではない」なんて珍妙な説を大真面目で書き残しているし、磁石同士の引力・斥力についてぜんぜん気づいていなかったりする。今のようにN・S極が塗り分けられた人工磁石なんかが簡単に手に入る訳ではないからだろうが、それにしても人間の知識ってヤツは過去からの積み重ねだと感心させられる。

それでもギリシャ人は磁力のナゾについて色々な説明をひねり出そうとした。だが、そうした動きもローマ時代以降は弱まり、学問軽視の中世キリスト教世界ではすっかり鳴りを潜めた。13世紀に中世ヨーロッパは転換点を迎え、思想面でもイスラム世界との接触によりアリストテレスを再発見してスコラ哲学が興る。だが、スコラ哲学はまだまだ過去の知識に偏重した学問で、磁力についても抽象的な思考を重ねるばかりだった。

磁力のナゾを解明するきっかけはアカデミアとは違う所からやってきた。船乗りたちが磁針の指北性を発見して、航海に利用するようになったのだ。その後、磁石を使って近代的な自然科学実験の嚆矢をおこなったペレグリヌスも、磁針の伏角を発見したノーマンも、学者ではなくて職人・町人階級に属する人間であり、実験・観察や定量的な測定を重んじた。町人階級の間には、活版印刷により自国語*2の実用書が普及していく。また、遠方への航海により古代ギリシャの知識が間違いだらけであることが判明したことも、学問において経験を重視する流れを後押しした。その経験重視の流れの中心にあったのは、錬金術などを含む自然魔術*3であった。自然魔術は実用を求めるがゆえに観察や実験を通した経験を重視し、当時では科学と判別しがたいような所もあった。

しかし経験だけではミステリアスな遠隔力である磁力、ひいては重力を説明することは難しかった。経験を解釈するための仮説、理論的枠組みが必要とされたのだ。現にガリレオ・ガリレイは物体の落下について精緻な実験を行ったが、「合理的」すぎるあまり遠隔力を認められずに万有引力を発見しそこなった。地球が巨大な磁石であることを発見したギルバートにおいては、遠隔力の仮説が意外な方向からやってくる。。。*4そして、ケプラーからニュートンへという流れで万有引力の法則が発見された。

どちらかと言えば地味なテーマだと思うが、出た当時に色々と賞をもらったり評判の良い本であるようだ。とても多くの資料にあたって論を進めていくので全3巻の大部になっているものの、飽きることなく読み進められた。むしろ、あまり知られていない人物までも丁寧に取り上げていくことにより、その時代々々に支配的だった考え方が、なぜそうだったのかという社会背景とともに浮かび上がってくる。メッセージの数としては、厚みの割りに沢山こめられた本ではない。しかしそのメッセージを支えるファクトの数々を例証していくのにかけては惜しむところがない。贅沢な本だと思う。

物理学や数学の知識については、文系でも高校(もしかすると中学かも)の授業内容をいくらか覚えていれば大丈夫だろう。最終章の磁力測定だけは数式オンパレードで全くついていけなかったが、それでも本筋の理解にはさほど支障がないと思う。

*1:好きな言葉ではないのだが

*2:ラテン語ではない!

*3:呪術的なダイモン魔術に対置する言葉

*4:ここは本書の白眉だと思うのでネタバレやめておきます。