なぜ企業会計は発生主義なのに、国・自治体は現金主義なのだろうか

うーん、単式簿記じゃダメですか。そんな話も聞いたことはあるが正直なところ公会計についてはまったく明るくないため、真剣に考えたことがなかった。*1しかしながら、ワタクシも簿記だの会計だのでメシを食っている身なので、複式簿記=発生主義と単式簿記=現金主義の違いについて考えてみた。

複式簿記=発生主義と単式簿記=現金主義の違い

何が違うと言って、費用v.s.収益の期間対応が取れているか取れていないかだと思う。

<説例>

 X期    100の費用でもって製品を作る。作るのに時間がかかってまだ売れなくて当期は在庫に残る。
 X+1期  その製品が200で売れた。よかったね。

単式簿記でいけばX期で100の損失、X+1期で200の収益が認識される。複式簿記ならばX期は損益ゼロ、X+1期で100の収益が認識される。もちろん2期間を合計した帳尻は100の収益で両者同じ。

単式簿記の場合、X期とX+1期それぞれの損益から何か意味のある情報を汲み取るのはむずかしい。X期で損失を計上したからと言ってダメダメな訳ではないし(順調にモノを作っているし、まだ売れていないから収益がないのは当たり前)、X+1期で200の収益を上げたからと言って今後とも売上に応じてそれが続くと思うのはアホである。

一方、複式簿記であれば、X期はモノを順調に作っているものの売れるかどうか分からないので損益ゼロで、X+1期では200の売上に対して原価50%を控除した100を利益にあげれば、売上高利益率50%なんて収益性が分かる。

企業では発生主義が必要ですね

会計の大きな目的のひとつは、企業の将来キャッシュ・フローを予測する手がかりとなることである。そのためには現金主義で作られた年度毎の財務諸表はノイズが多すぎて役に立ちづらい。収益を得るの要した費用を特定して、収益性が分かるようにする発生主義でなければ話にならない。

企業会計には、分配可能利益や課税所得を計算するという目的もあるが、これらも、発生主義により費用と収益を対応させた上での純資産なり当期利益こそが、企業の財務体力や担税力を、現金主義より妥当に表しているだろうとの前提があってこそだ。

翻って国や自治体ではどうなの?

国や自治体の収入で主なものは租税と公債発行になる。このうち公債発行は、企業で言えば財務キャッシュフローなので収益には当たらない。企業の収益=売上に相当するものを(無理にでも)挙げるならば租税収入だ。さて、この「収益」と支出との発生期間を対応させることに意義があるのか?

企業ならば、いろいろな費用を費やすのは究極的には収益を得るためだ。すべての費用は、収益に対する原価であると言える。一方で国や自治体の場合、「収益」と支出の両者にそのような関係性はない。支出は「収益」の原価ではないからだ。別に租税収入を得るために各種の行政サービスをやっているわけではない。どちらかと言えば因果関係は逆で、行政サービスをやりたいねという発想が先にあって、そのために税金を集めるのだろう。

もちろん、「入るを計りて出ずるを制す」ことは必要だが、それならば単式簿記で足りる。むしろ出納帳だけならば現金主義の方がシンプルで管理しやすい。*2

その他の論点 単年度主義、検証可能性

複式簿記で予算執行における単年度主義を防ぐって言うのは無理だと思う。たしかに、備品の買い溜めみたいな行動が可能なので、現金主義の方が単年度主義を誘発しやすい傾向は多少ある。しかし、複式簿記を採用しているはずの企業たちでさえ、予算管理において単年度主義的行動の罠から脱することがむずかしいのは、ちょっと規模のある企業にお勤めの方ならば百もご承知であろう。

複式簿記の方が検証可能性があるっていう説は、その根拠がよく分からない。財テクで生じた損失をファンドに飛ばした上に、その損失をのれんに混ぜ込んで償却(減損)させるなんていう「高等テク*3は、複式簿記ならではと思えるし。

複式簿記のほうが「高度」ではあるのだが

ごくシンプルな現金主義会計に、費用収益対応と言う操作を加えたのが発生主義会計であるので、当然ながら複式のほうが単式より高度で上等であるとは言える。しかしながら国・自治体のように、「そもそも費用収益に対応関係なんかないよ」という向きには、現金主義の方が管理しやすい。*4道具というやつは場面に応じた使いようが肝心なわけで。

*1:会計士業界のセールストークじゃないの、と邪推するくらいで。。。

*2:企業でも経費や投資の予算管理は現金主義的にやっている所が多いと思う。少なくとも資金繰り管理は必須だし。

*3:これ、あそこであの社長を選んでいなかったら逃げ切っていた可能性すらある。

*4:国・自治体でも収益事業をやる場合には複式簿記が有効でしょう。水道とか交通機関みたいに料金を取るやつ。