続・富岡名誉教授の文藝春秋記事について

昨日のエントリーを受けまして、読んでみて思うところ、と言うかほとんどツッコミです。
以下、見出しは富岡名誉教授の主張(うろ覚え、一部意訳)、本文はわたくしの愚見です。

「大企業は税金逃れのために海外へ所得を移転している!」

海外に出るのはふつうビジネス目的でしょ、としか言いようがない。自動車だって電機だって海外でやらない事にはどうしようもないから大々的に海外で商売している。特に米国企業と比べると日本企業はきわめて素直に税金を払っている。ちょっと工夫が足りないんじゃないかというくらい。一部には節税に有利なストラクチャーを組んだりするのに積極的な会社もあった*1かもしれないが、とても日本の大企業一般に敷衍できるものではない。

この論点については、2009年度から導入された外国子会社配当益金不算入制度(海外子会社からの配当のうち95%が免税になる)によりだいぶ様子が変わってきた*2。日本企業の海外進出を後押しするたいへん良い制度であると思うが、課税ベースの浸食という観点でもうちょっと議論がないのかと少し疑問なところはあった。この記事もそこに焦点を当てればマシな議論になった気がするが、なんだか大企業性悪説みたいなものに堕してしまい何をどうしたいのか不明瞭。まあ、そこは一般誌では難しかったか。

「大企業は海外グループ会社との移転価格を操作している!」

操作とは言いがかりじゃないの。たしかに移転価格で追徴課税されている会社は多いが、世間常識の価格で取引していても難癖つけられて課税されるのがこの制度。国家間での課税権の奪い合いなので国税当局ががんばるのも理解できなくはないが、だからと言って課税逃れと言われると心外(という会社がほとんどと思います)。

で、小手先の移転価格の操作なんてケチな話でなく、日本で事業をやる意義がなくなると、製造拠点・販売拠点だけでなくR&D機能や本社機能まで海外流出していく恐れがある。こうなると課税権だけでなく雇用も技術もみんな日本から逃げていく。そこまでの問題意識がないとこのテーマは論じられない。税だけ見ていてもダメでしょう。

「受取配当金(こっちは国内)の益金不算入で税収に大穴が!」

グループ経営否定ですね。連結納税だの会社法制の見直しだの、グループ経営を推し進める世の流れをガン無視。だいたい子会社からの配当にフルに課税したら二重課税もいいところ。

「企業がカネを溜め込んでどうする。税収だけでなく労働分配率も落ち込んでいるぞ!」

主張の前半部分には同意。個々の企業行動はともかくとして、マクロ的には日本経済の落ち込みを象徴している。後半部分も、一労働者としてのポジショントークとしても、非正規労働者の増加を見るにつけても、なんとかならんかとは思う。しかし「労働分配率の低下」で主張を裏付けるのはうまくなかったか。労働分配率は短期的には企業収益に左右されるので不況期には上昇してしまう。そのため富岡名誉教授もなぜか2007年度までのデータ*3しか言及していない。

「所得税もキャピタルゲインが低税率なため高所得者層の負担は軽い!」

これも同感。ただしキャピタルゲイン課税を強化すると金融資産の海外流出をどう考えるかが問題になりそう。国債バブル崩壊の引き金を引いてしまったりして。



なかなか考え出すと難しいテーマばかりですが、「叩きやすい人を叩いて目立ったろう精神」みたいなのだけは勘弁してほしい。

*1:もともと海外で稼いだカネを必要分以上は日本に還流させず、海外で管理して海外に再投資するところにキモがあったのだが、後述の海外子会社配当免税により素直に日本に還流させてもあまり差がなくなった。

*2:従来は、海外子会社から配当を受け取ったときに海外と日本の税率差相当を納税する、間接外国税額控除が適用されていた。この制度だと、どこの国で稼いだ所得も最終的に日本に還流させれば、企業側からすると日本の税率(日本の法人税率は世界一ィィィ!)で課税されたと同様の結果になる。

*3:2007をボトムに2008、2009は労働分配率はかなり上昇している。2010はまた低下。