『大停滞』タイラー・コーエン  イノベーションさえあればなあ

大停滞

大停滞


けっこう注目された本で、今さら何か付け加えられることがある訳でもないが一応は感想を記しておく。

この本は、アメリカの不況を、循環的な景気変動や金融ショックの後遺症としてではなく、1973年以来のイノベーションの枯渇を原因とした大停滞として捉えなおしている。むずかしく書かれてはいない。1ページ中の字数もスカスカでアッというまに読めてしまう。しかし提示される「イノベーション枯渇」のコンセプトには直感的に納得させられてしまう。そんな切り口のあざやかさで勝負するタイプの本だ。

今や食べつくされたLow-hanging fruitsとして、無償の土地、イノベーション、未教育の子供の3つが挙げられている。無償の土地はいかにもアメリカだが、あと2つは他の先進国にも当てはめられるだろう。あと、政府支出・医療・教育の生産性が向上していないとか、インターネットではイノベーションがあったが経済的な収入を得る方向にはあまり向かっておらず、IT企業が生み出す雇用は製造業などと比べて格段に小さいとか、ここ数十年のイノベーションのしょぼさを並べていく。金融危機の真犯人も過大な成長期待だろうと。うん、そんな気がする。

「いちばん大事な生産性があがっていませんねぇ」という話は、90年代前半でニューエコノミー云々が言われる前くらいに「クルーグマン教授の経済入門*1」でクルーグマンもしていた*2。たしかに1932年と1972年と2012年とを比べてみれば、前半40年の進歩が断然デカい。細かいことを抜きにすれば、ここ20年でほんとにわれわれ*3の生活を変えたのは携帯とインターネットくらいのものではないか。そうした直感的な思いがあればこそ、本書がここまで話題になったのだろう。

さて読者とすれば、「かくも恐ろしいイノベーション枯渇に対抗する解決策は?」となるのが人情で、もちろんコーエンもそれには触れている。ただし、その解決策は「科学者の社会的地位を高めよ!あと新興国にも期待」と、いきなりお花畑っぽい*4。まあ、バイオか宇宙がくるかもしれないし。。。

なぜ解決策に説得力が感じられないかと言えば、そもそもイノベーション枯渇の原因がまったくもって分からないからだろう*5。本書では、イノベーションの主な対象が公共財から私的財に移行したという、とても興味深い指摘がされているのだが、軽く指摘するだけでほとんど掘り下げられていないのが残念。

*1:原題"The age of diminished expectations"

*2:ただし、生産性がどうしたら上がるかなんて分からないし、で片付けている

*3:先進国の人限定

*4:むしろ、新興国の成長はわれわれ先進国の平凡な労働者には脅威かもしれん

*5:逆に言えば18世紀から20世紀前半までは何故あれほどイノベーション目白押しだったのか