『銀輪の巨人』野嶋剛  諸行無常の響きあり

銀輪の巨人

銀輪の巨人


台湾の自転車メーカー「ジャイアント」。漢字で書くと「台湾巨大機械」と何だかものものしい。

1970年代にいかにも華人らしい家族工業的な小さい会社としてスタートし、米国メーカーのOEMを手がけて急成長した後、自社ブランドを確立して世界的な自転車メーカーとなった会社だ。大陸勢のような低価格帯の自転車ではなく、技術にこだわって中・高価格帯の自転車を手がけている。この本は、その「ジャイアント」を新聞記者が取材してまとめた本だ。ジャイアントに代表される台湾自転車業界に対比して、斜陽というか、完全に日が沈みきってしまった日本の自転車業界についても描かれている。

この本を手に取ったわけは、ワタシの父親がかつて自転車メーカーに勤めていて「もう台湾メーカーにゃかなわん」とボヤいていた記憶があるからだ。80年代後半くらいのことだったか。父の会社は斜陽であった日本の自転車業界の中でも先頭を切って沈没しつつあった会社であり、日本勢で数社は生き残る自転車メーカーもいるだろうが少なくともそれはウチではない、というのが当時から父の見立てであった。結果的には、ブリヂストンパナソニックあたりがまだかろうじて息をしている感じだが、パナは電動アシスト車だよりであったりして、まともに生き残った完成車メーカーはほぼ皆無と言っても過言ではないようだ*1。日本の自転車業界の詳しい状況は例えばこちら

完成車の組み立ては、スポークにリムをつける作業など機械化できていない部分が多く労働集約型であるそうだ。日本メーカーが*2競争に勝てなかったのもむべなるかなだが、台湾勢だって大陸に比べれば人件費高だ。違いは技術へのこだわりにあるようで、カーボンフレームに先陣を切って取り組んだり、メンテナンス重視のため専門店でしか販売しなかったり、ジャイアントはかなり技術志向の会社である。さらに言うと、高級車を手の届く価格帯までコストダウンした上で自転車のあるライフスタイルをを売り込むと言う、なかなかのマーケティング上手でもあるようだ。一方、父の会社は、経営が苦しくなると製品の品質を落として利益を確保しようとしていたらしいから、それではダメであろう。自転車業界の次は家電業界の行く末が気になるところだが、日本の家電各社も品質だけは*3軽視したら危ないでしょうな。

著者は日本の自転車産業の復活を期待するような書きぶりだが、シマノは別として完成車メーカーはもう手遅れではないか。部品メーカーの集積もすっかり中国、台湾になっているようだし。生き残る産業、他国に任せる産業、それぞれあって仕方がない。個人的には、自転車道などが整備されて、台湾製でも良いからもっと自転車の乗りやすい環境さえ出来ればうれしい。この本を読んだら、すこし良い自転車が欲しくなってきたことだし。

*1:ひとり、部品メーカーのシマノは別格であるが

*2:加えて多くの欧米勢も

*3:どこらへんの品質にこだわるか、という問題は大きいが