『決着!恐竜絶滅論争』後藤和久  小惑星衝突説の「まとめ」論文

決着! 恐竜絶滅論争 (岩波科学ライブラリー)

決着! 恐竜絶滅論争 (岩波科学ライブラリー)


2010年3月、サイエンス誌に「小惑星衝突が白亜紀末の恐竜を含む生物の大量絶滅の引き金である」と結論づけた論文が掲載された。地質学、古生物学、地球物理学、惑星科学などの分野にわたる41名の研究者による共著論文で、本書を書いた後藤氏も論文共著者の一人であった。小惑星衝突説(以下「衝突説」)自体は1980年にアルヴァレズ父子が初めて唱えてから、1991年のチチュルブ・クレーター発見という物的証拠発見のイベントはあったものの、その理論的骨格は30年来変わっていない。この論文にしても、何か大きな新発見があったという訳でなく、これまでの衝突説にかかわる証拠や議論を整理して衝突説を決定付けようという狙いのもとに書かれた、言わば「まとめ」論文であった。

本書の内容は大きく2つ。衝突説の概要について、それへの反論も参照しつつ簡単にまとめたものが1つ。そして、なぜ今になってこのような「まとめ」論文を発表しなければならなかったかの事情がもう1つである。

前者の内容については、興味のある人ならば大体のところはごぞんじだろう。6,500万年前の白亜紀末に、現在のメキシコはユカタン半島付近に直径10kmくらいの小惑星が衝突して大災害*1を引き起こした。さらに決定的だったのは中長期的な環境変化で、吹き上がったダストやエアロゾルにより日光がさえぎられて10℃以上寒冷化したり、硫黄による酸性雨で海水の酸性化が起こった。これらにより恐竜を含む多くの種が大量絶滅したと言われている。「その話ならNHKスペシャルでも見たし、博物館の展示なんかもそういう風になっていたよなー。別に定説ってことでよかったんじゃないの。」と個人的には思う*2。しかし研究者たちには違った危機感があったらしい。

少数派ながら衝突説に異を唱える研究者たちがまだまだ健在なのである。それだけならば、健全な科学のプロセスという以上のものではないのだが、一般のマスコミ*3が絡んできて話はややこしくなる。衝突説は1991年のクレーター発見後にすっかり定説化し、研究の焦点は大量絶滅のメカニズムなどより細かく具体的な方向に向かっており、一般マスコミ向けに派手な発表を行ったりする機会がすっかり少なくなってしまった。一方、反衝突説陣営は、衝突説のような物証に基づく詳細な研究のレベルには全く至っていないものの、「定説に反する証拠を発見した」ということで、ほんのちょっとしたことでもマスコミに発表。また、恐竜絶滅の原因というやつは一般大衆的な興味*4を引くネタなので、そういった反定説ばかりが新聞の科学面なんかをにぎわす状況になっていた。「これはいかん」ということで、今回の「まとめ」論文発表に至ったという次第。

なかなか研究者というものは一度掲げた旗を降ろすのは難しいようである。特に衝突説というヤツは、それまでコツコツと地層や化石を研究してきた向きからすれば、文字通り「降って湧いた」ような説であり、そこはかとなく漂うアド・ホック感がますます受け入れにくくさせるのは理解できる*5。さらに、反衝突説の主要なものは火山噴火に原因を求める説なのだが、衝突説が白亜紀末の大量絶滅しか説明できないのに対して、噴火説は顕生代にたびたび*6起こった他の大量絶滅も同一の理論で説明できる魅力があるそうだ。しかしチチュルブ・クレーターという物証のおかげで、衝突説優勢は揺るがない模様だ。

こう物証でカタがつくのが自然科学の良い所であり、研究者にとっては時として厳しい所ですな。地学系のようにすぐには結論が出ない領域で、ある学説に一生を捧げ、晩年にそれがきれいに物証で覆されてしまうという研究者の悲哀にも、読んでいて思いをいたしました。それが科学、それも人生なのでしょうが。

*1:時速1,000kmの爆風、260℃の灼熱、M11の地震、300mの津波。。。

*2:本書には大量絶滅のプロセスについての少し詳しい解説もあり、それだけでも結構面白かった

*3:主に新聞だろうか

*4:含むワタクシ

*5:最初に唱えたのが物理学者だったのもあるかもね

*6:と言っても1回/1億年程度