当たり馬券配当事件への考察 税金編

前回に引き続き今度は税金編である。なお、ワタクシは所得税の専門家でも何でもありませんので解釈等に間違いがあるかもしれません。ご承知置き下さい。

法令はどうなっているのか

競馬の払戻金が所得税法に定める「一時所得」に該当することは通達に明記されている。記事を見る限り、本件もその点は争いがない模様だ。(2012/12/25追記 担当弁護士さんによるお知らせを発見。一時所得に該当するか否かが思いっきり争点になっていたようです。謹んで訂正いたします。)争点は、グロス収入金額から控除できる金額、いわゆる必要経費的な部分についてだ。一時所得の場合、法律には以下のように定義されている。

その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)
〜法人税法第34条第2項から抜粋〜

さて、これだけでは外れ馬券の購入額を差し引いてイイのかダメなのか分からない。いや、競馬愛好家的には「馬券当てよう思ったら、そりゃ外れも出ますわ。ていうか外れてばっかし。外れた分も含めて直接要した金額で間違いありません。」というのは自明の理であろう。

ところが、そうは問屋が、いや国税が卸さないという訳で、この点に関する解釈はきわめて厳しい。たまたま見つけた論文から孫引きさせていただくが、

「現行実務では,競馬で当てた場合には原則として当該レースの当該的中馬券の購入代金は含まれるが,それ以外の馬券の購入代金は含まれない」
北野弘久編『現代税法講義(五訂版)』(法律文化社,2009年)p.59

これが実務として定着しているというのだ。ワタクシ自身も話としては知っていたが、どこで目にしたのかは記憶がない*1。ちゃんとした明文のものがある解釈ではなさそう。

一時所得においては「その収入を得るために支出した金額」は限定的にしか認めないことになっているのだが、それは条文ではせいぜい「直接」*2という語に込められているに過ぎない。特に競馬に関する限り、「ギャンブルなのだから」という価値判断が、過度に厳しい解釈につながっている気もする。

課税庁の胸のうちを勝手に推測

読売の記事によると、収入と支出の関係は以下のとおり。

男性の弁護人らによると、男性は07〜09年の3年間に計約28億7000万円分の馬券を購入。計約30億1000万円の配当を得ており、利益は約1億4000万円だった。

もし仮に、この男性が28億7000万円の馬券購入に対してほぼ同額の配当を得ていて儲けがゼロだったとしたら、国税は課税に踏み切ったかどうか疑問なしとしない。その場合でも法律のうえでは税金を納めなさいということだが、徴税コストというものもあるので、ほとんど取れる見込みのない税金のために訴訟必至の課税をするのは合理的とは言えまい*3

実際には1億4000万円という絶対額として少なくない利益が課税を免れており、少なくともその分は担税力もあるはず。これを見逃す訳にいかないと判断したのは、まあ国税の立場からすれば無理もない。しかしこの課税により、競馬の払戻金に対応する「支出した金額」の範囲が司法判断の洗礼を受けるのは痛し痒しと言ったところではないか。

ギャンブルについて必要経費をあまり認める必要がないといった規範意識は、裁判所もある程度は有しているだろうから、ふつう、この手の裁判は国税側に断然有利が通り相場である。しかし、今回のようにとても払いきれない課税が生じる極端な例であると、そういったアンチギャンブル的価値判断を脇においてより厳密な文理解釈に傾く可能性もありそうだ。国税がそれでも十分やれると思って課税に踏み切ったのか、後は野となれ山となれの心境なのかは、分からない。前者のような気はするが。

課税は公正なのか?

一時所得の特別控除額は50万円である。すなわち馬券の払戻金*4を年間50万円超受け取った人は申告して納税する義務がある(2013年5月23日追記 50万円を控除した後の金額を2で割ってそれが20万円を越えるまでは申告義務がないみたいで、よって90万円が正解のようです)。控除率25%どおりの配当を得ると仮定すると、50万円の配当を得るには約67万円の馬券を購入しなければならない計算になる。これを1年間の週数で割ると毎週買うとして週当たり13,000円の馬券購入である。けっこうヘビーな競馬愛好家というレベルになるが、これくらいなら世間には結構いると思う。中には利益を上げている人だっているだろう。それらの人々がみんな申告しているとはとても思えない。

そもそも競馬場や場外で馬券を買っていれば捕捉不能であるし、A−PATなどインターネット投票をしていても、これくらいの金額でイチイチ税務署が見張っていればその手の話が聞こえてきそうなものだ。しかもWIN5では高額配当がけっこう出ているが、当てた人はどうしているのだろうか?

法令をそのまま読み込めば課税のハードルはえらく低いが、実際に所得はほとんど捕捉されておらず、ただ一罰百戒(??)的に大きな金額の案件だけ思い出したように課税するということであれば、とても公正な課税とは言えない。裁量行政がチト過ぎるのではないだろうか?もし、今回の課税が30億1000万円というグロス金額の大きさだけに着目していたとすれば、「なんかセンス悪いな」と思わざるを得ない。

さらに読売によると、

今月19日にあった初公判で、検察側は「男性は確定申告が必要と認識していた」と違法性を主張

したのだそうだ。租税絡みの裁判でここらへんの故意を主張するのはお作法みたいなものなんだろうが、現行の運用下で申告すればまさに一生かかっても払いきれない税金を課されるわけで、「そりゃ申告しないよね」としか思えない。現行の法解釈自体が納税者を申告から遠ざけているといって過言でないだろう。

結局どうしたものやら

個人的には現行の法解釈、もしくは法自体をどうにかしないとまずいと思う。

まず解釈として「支出した金額」を広げるほうが手軽だが、それはそれで難しい問題が出てきそうだ。一時所得の枠内でならば損益通算ができそうなので、競馬の負けを他の一時所得とネットできてしまうように思える*5。これは、さすがにやりすぎ感がある。

であれば、そもそも宝くじなんかと同様に潔く非課税にしてしまえばよろしい。国庫収入が減る?どうせ元々いくらも課税していないのだろうから、その実績相当分を控除率に上乗せして新たに国庫収入に上乗せしても良い。実感できるほどのオッズの違いにはならないと思う。陰謀論的に邪推すると、過去から農水と変な握りとかしているのかもしれんが、現代風に透明性と予測可能性のある仕組みに改めてはいかがか。

海外でどんな仕組みになっているかも気になるが、そこまで研究する余力なし。以上とさせていただきます。

*1:ミラクルおじさん」の時だったかも

*2:少なくとも当たり馬券と同じレースかつ同じ種類の馬券の購入額ならば「直接」概念に該当するとワタクシは思うのだが

*3:この男性に別に資産があったりすれば話は別かも

*4:正確には、そこから当たり馬券のみの購入額を差し引いた金額

*5:ここの解釈に自信なし