『百年前の日本語』今野真二 明治期の日本語虫瞰図

- 作者: 今野真二
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2012/09/21
- メディア: 新書
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サブタイトルに「書きことばが揺れた時代」とある。これを見ると、百年前≒明治期に、それまで安定していた日本語の書きことばが「揺れた」という本なのかと思う。しかし読んでみると話は少し違っていて、それまで揺れ続けていた日本語表記が標準化に向かったのが明治期だったのである。
もともと日本語には固有の文字がなく中国から輸入した漢字を用いていたわけで、仮名文字が生まれた後も、フォーマルな文書など、なるべく漢字で書こうという意識が根強く残っていた。平仮名ばかりの文章の読みにくさ、書きにくさを思えばそれも納得できる話だ。
ただ、漢字の意味をもって日本語に当てたり、仮名を混ぜてつかったりしていく過程で、同語異表記・異語同表記などが多く生まれた。明治期の振り仮名には、今では見られない破格の使用法が多くて面白い。例えば、「基礎」と書いて和語の「いしずえ」と読ませる。これは分かる。さらに、同じく「基礎」と書いて漢語であるはずの「どだい」と振り仮名を振ってしまう。これはなかなか込み入った話だ。「土台」という漢語が日本語の中に完全に取り込まれて、漢語として意識されなくなり、果てには違う漢語による表記を割り当てられてしまうのだ。
明治期を境に、以前の日本語では漢語は外来語として強く意識されていた。それが和語に溶け込んでいくのが明治期以降の流れなのである。他にも印刷物の普及や、学校教育による標準化で、現在の書きことばが出来上がっていった。
他にも本書では、印刷が書きことばに与えた影響や、仮名文字遣いの標準化など、数多くの事例を引いて解説してくれていて興味深い。
ただ本書で少し気になるのは、とにかく事例が多く取り上げられているのだが、それらを総括して大きな流れを考察したりするところが少ない点。著者もあとがきで、自らの研究スタイルを「虫瞰」と称している。ワタクシ個人としても、やたら声高だったり大風呂敷を広げるスタイルより、事実に語らせる「虫瞰」スタイルが好みであるが、一般向けの新書でもあるので、さすがにもう少し説いて聞かせるようなアプローチでもよっかったのではないかと思う。