『ウナギ 大回遊の謎』塚本勝巳  ウナギ研究の40年

ウナギ 大回遊の謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

ウナギ 大回遊の謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)


ウナギたちが、太平洋は遥か南方のマリアナ海溝あたりで産卵しているのが明らかになったことは聞き及びの方も多いだろう。あの黒いニョロニョロが大海原を何千kmも泳ぐ姿を想像すると、「何故わざわざそんな遠くで?」という疑問が湧き上がってくる。

この本は、魚の回遊行動を研究してきた先生が書いている。ウナギの解説書であると同時に、産卵場所探しに取り組んできた研究者の半生記であり、仮説を元にフィールドで実証に至る科学のプロセスを解説した本でもある。著者40年の研究生活を贅沢に素材にして、薄い新書にギュッと詰め込んだような一冊だ。

まず、まだ解明途上ではあるがウナギの性質の数々が紹介されている。海と連絡のないはずの山上の池にもなぜかウナギがいるとか、われわれが食べている蒲焼はほとんど雄であるとか、川に溯上せずに海や汽水域で一生を送るウナギが多いなど、豆知識的ではあるが興味深い。

だが何と言ってもハイライトは産卵場所探しの記録だろう。著者の塚本先生がはじめて調査船に乗り組んだのが1973年の「第1回白鳳丸ウナギ産卵場調査」。それから2009年に天然ウナギ卵を発見するまで、何回にもわたって航海が繰り返された。この間、もちろん闇雲に海を探していたわけではない。手持ちのデータを元に産卵場所の仮説を立てて、それに基づいて網を引いてまわってウナギの稚魚を採集する。その際、産卵が行われていそうな場所だけを集中して探索するわけではない。広い海をグリッドに区切って、稚魚が採れる海域/採れない海域をマッピングするのである。また同時に海流の測定も欠かせない。稚魚の日齢から逆算によって産卵場所を推定するためだ。成果があがる航海ばかりでなく、望む小ささの稚魚がぜんぜん採れないこともある。徐々に網を狭めるように産卵場所を突き止めていくプロセスは、丁寧な解説や詳しい図表*1のおかげで、研究者の思考を追体験できるようだ。

しかしウナギの生態はまだまだナゾの部分が多い。特定海域*2の水深200mあたりで産卵していることまでは分かったが、産卵シーンそのものは確認されていない。それに、どうやって広い海原の一箇所に、タイミングを合わせて雄と雌が待ち合わせできるかもハッキリとはしていない*3。状況証拠から判断すれば、場所的には海山や塩分フロントを、タイミング的には新月を手がかりにしているようなのだが、そのメカニズムはこれからの解明を待っている。

また、最近気になるのは資源としてのウナギの危機的状況である。これは人間による乱獲だけでなく、気候変動により産卵場が移動して回遊に支障をきたしている可能性があるそうだ。卵からの完全養殖ができるのはまだまだ先の話だし、稚魚の放流も功を奏していないようなので、今はシラスウナギの取りすぎをセーブしたり、天然の下りウナギ*4を保護するくらいしか方策はないようだ。

元より、ここまで金を使った大規模な研究が行われうるのも、みんな大好きなウナギだからだ。

ワタクシは天然モノのウナギなんて縁のない身なのでその点は我慢する必要もありませんが、養殖モノも静岡在住時に結構いただいたので最近は控えめにしております。

*1:電子書籍ではちょっと見づらい図表があったのが残念。

*2:この「特定」海域は海洋の状況によって場所が変わる。

*3:体外受精をする魚類の場合は産卵場所で雄と雌とが出会わなければならない。それも集団で出会ったほうが受精の確率が上がる。

*4:こいつらに繁殖してもらわなければウナギは殖えない訳なので、食べるなら養殖ものにしなさいということ